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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)657号 判決

控訴人

崔春嬉

右訴訟代理人

高橋壽一

被控訴人

東京都営繕建築協同組合

右代表者

吉村神太郎

右訴訟代理人

芹沢孝雄

相磯まつ江

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、中小企業等協同組合法に基づき設立された組合で、組合員のために営繕建築工事の共同受注や営繕建築資材の共同購入等をすることを目的とするものであるが、控訴人との間において、控訴人所有の東京都品川区東五反田一丁目一九一番地四〇二所在家屋番号一九一番四〇二の一木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一階35.53平方メートル、二階33.05メートルにつき、次のとおり、三回にわたり(但し、第一回及び第二回の契約は同じ日に締結)建築工事請負契約を締結した。

(一) 昭和五〇年八月二二日、右家屋の浴室床補修工事として、被控訴人の見積金額三四万六二五〇円(内訳は、(1)撤去工事二万円、(2)木工事八万六三五〇円、(3)防水工事二万円、(4)左官工事二万三四〇〇円、(5)タイル工事五万四五〇〇円、(6)補強工事一〇万六〇〇〇円、(7)諸経費三万六〇〇〇円)のものを、請負金額二三万円、代金は着工時及び完成時に各二分の一宛支払う約で締結(以下「第一回契約」という。)。

(二) 前同日、車庫拡張工事等として、被控訴人の見積金額七四万七五〇〇円(その内訳は、(1)撤去工事一三万五〇〇〇円、(2)仮設工事九万円、(3)コンクリート工事二四万円、(4)タイル工事一四万二五〇〇円、(5)その他の工事六万円、(6)諸経費八万円)のものを、請負金額六六万円、代金は着工時、中間時及び完成時に各三分の一宛支払う約で締結(以下「第二回契約」という。)。

(三) 右(一)、(二)の工事に着工した昭和五〇年九月一八日から同年一一月二〇日全工事を完了するまでの間に、右(一)、(二)の工事の追加工事として、控訴人から随時口頭による注文を受け、その都度口頭で見積金額を述べ、その見積金額は合計二三七万九〇〇〇円(その内訳は、(1)鉄骨工事六二万一〇〇〇円、(2)板金工事七万四〇〇〇円、(3)左官工事四八万三〇〇〇円、(4)タイル工事五八万六〇〇〇円、(5)塗装工事一一万五〇〇〇円、(6)シャッター工事一一万四〇〇〇円、(7)給排水衛生工事一七万六五〇〇円、(8)諸経費二一万円の合計額につき千円未満切捨て)、請負金額も右と同額、代金は完成時に全額支払う約で締結(以下「第三回契約」という。)。

2  被控訴人は、右第一回ないし第三回契約(以下第一回ないし第三回契約をあわせて「本件請負契約」という。)。に基づく各工事(以下「本件工事」という。)をその組合員たる中平芳勝(以下「中平」という。)に施行させ、中平は昭和五〇年九月一八日着工し同年一一月二〇日これを完成して控訴人に引渡した。

3  本件請負契約の請負代金の合計は三二六万九〇〇〇円となるが、控訴人から注文どおりの工事がされていない旨の異議が出たので、被控訴人組合の工事部長長田晴らが本件工事の実地調査をしたうえ、昭和五二年六月一五日、右工事の積算担当者内田富治(以下「内田」という。)、工事施行者中平、被控訴人組合の理事江口誠治、同岩村行康、右長田晴、業務課長山口敬次の六名が立会い協議して、第一回契約の請負代金を一万五〇〇〇円、第二回契約の請負代金を一八万九五〇〇円、第三回契約の請負代金を二〇万八〇〇〇円減額し、その結果控訴人の支払うべき請負代金は、第一回契約の代金が二一万五〇〇〇円、第二回契約の代金が四七万〇五〇〇円、第三回契約の代金が二一七万一〇〇〇円、合計二八五万六五〇〇円となつた。

4  控訴人は、本件請負契約の代金として、昭和五〇年八月二八日から同五三年九月二九日までの間に一四回にわたり合計一八九万円の支払いをしたのみで、残金九六万六五〇〇円の支払いをしない。

よつて、被控訴人は控訴人に対し右請負残代金九六万六五〇〇円及びこれに対する工事完成引渡の後である昭和五一年一月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する控訴人の答弁

被控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人と控訴人との間において被控訴人主張のとおりの第一回及び第二回契約が締結されたこと、被控訴人において第三回契約の内容として主張する追加工事を控訴人が口頭で注文したこと、中平が本件工事の施行者であつたこと、内田が本件工事の積算担当者であつたこと、控訴人が被控訴人主張の期間中にその主張の金員を支払つたことは認めるが、第三回契約の請負代金が被控訴人主張の金額であること、被控訴人主張の日に本件工事が完成したこと、被控訴人主張の減額がなされたことは否認する。

第三回契約の追加工事は、請負代金を確定しないまま施行され、工事完了後被控訴人から見積書が提出されたのにすぎない。

三  控訴人の抗弁

1  本件工事完了後、控訴人が被控訴人組合の城南支所長で、かつ、本件工事の積算担当者である内田に対し、中平の施行した本件工事が不完全である旨の異議を述べたところ、内田は、中平に対し被控訴人組合を通さないで他の工事を請負わせて利益を得させる旨述べて本件工事のうち第三回契約による工事の代金、したがつて、被控訴人から中平に支払われるべき工事代金を減額することにつき了承を求め、その承諾を得たうえ、昭和五二年四月初旬ころ、控訴人に対し右第三回契約の請負代金を一〇〇万円に減額した。

内田は、被控訴人組合から右のような代金減額の権限を授与されていたのである。

そして、右昭和五二年四月初旬当時、第一回及び第二回契約の請負代金合計八九万円の内金として既に八〇万円が支払われ、その残代金は九万円となつており、控訴人の支払うべき本件工事の残代金は、減額された第三回契約の請負代金一〇〇万円に右九万円を加えた一〇九万円であつたところ、控訴人は、同年四月三〇日二〇万円を支払い、残金八九万円については、内田との間において同年五月以降毎月五万円以上を割賦で支払う旨の合意をし、これに従い、既にその全額を支払つたのである。

2  仮に内田に右減額の権限がなかつたとしても、内田は、被控訴人組合の城南支所長で、かつ、本件工事の積算担当者であるから、商法四二条の規定にいう表見支配人ないしは同法四三条の規定にいう「或種類又ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人」に当るというべきであつて、右規定により減額の権限を有するものというべきである。

3  右が理由ないとしても、内田は、被控訴人組合の積算担当者として、請負契約の締結に当り見積金額の五パーセント以内の範囲でこれを減額する権限を授与されていたうえ、支所長としての職務遂行上の権限も授与されていたところ、控訴人は、専ら内田を相手にして本件請負契約の締結や請負代金の支払いをして来たのであるから、控訴人には内田に前記1の代金減額の権限ありと信ずべき正当な理由があるというべきである。したがつて、民法一一〇条の規定により、内田のした減額は有効となるというべきである。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

控訴人主張の抗弁事実中控訴人が本件工事の請負代金として合計一八九万円を支払つたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認し、その主張は争う。

契約により定まつた請負代金を減額する権限は、被控訴人組合の代表理事の専権に属し、内田は右権限を有していない。したがつて、仮に内田が控訴人に対し、本件工事の請負代金を減額する旨約したとしても、それは無効である。

また、本件は、商法四二条ないしは四三条の規定が適用ないし準用さるべき事案でも、民法一一〇条の規定による表見代理が成立する事案でもない。すなわち、

内田は、昭和五二年四月二九日、控訴人に対し、本件工事の請負代金として八九万円を請求する旨の書面を交付しているが、該書面は、その内容自体が控訴人主張の減額を約したものとは認められないばかりでなく、これより先、被控訴人組合において、本件をも含めて内田が不正行為をしていることを知り、同月二一日、組合の理事中村江一、業務課長山口敬次及び中平の三名が控訴人方を訪れて本件工事の請負代金の支払状況につき控訴人に対し尋ねたところ、控訴人はこれには答えず、その一週間後に被控訴人組合の他の者に秘し内田と相通じて前記書面を作成したものであり、控訴人は、内田に代金減額の権限のないことを知りながら、内田を教唆して本件工事の代金の減額をはかつたとさえ言い得る状況なのであるから、控訴人において、内田に代金減額の権限ありと信ずべき正当な理由があるということは到底できない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一控訴人所有の請求原因1掲記の家屋の補修に関し、昭和五〇年八月二二日、被控訴人と控訴人との間において、被控訴人主張のとおりの第一回及び第二回契約(請負代金の合計は八九万円)が締結されたこと、第三回契約による追加工事をも含む本件工事を被控訴人組合の組合員である中平が施行したこと、内田が本件工事の積算担当者であつたことは当事者間に争いがない。

二そこで、以下、第三回契約の請負代金の額並びに控訴人主張の代金減額の有無等について検討するに、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

1  被控訴人は、中小企業等協同組合法に基づき、組合員のために営繕建築工事の共同受注や営繕建築資材の共同購入等をすることを目的として設立された組合で、組合員約一一〇名を有し、組合が注文者と契約した請負工事を組合員に施工させ、請負代金の約二〇パーセントを組合の経費に充て、その残額を工事施行者に支払つているものである。被控訴人組合は、本部(通称)と呼ぶ主たる事務所を東京都杉並区に設置し、多摩、城南、城東、八王子に支所を設け、役員としては理事及び監事が置かれているが、同法四四条にいう参事としては、主たる事務所に置いた参事一名が昭和五一年八月二一日辞任した後は、これを選任していない。右支所は、小規模なものであり、城南支所には支所長ほか一名の所員が配置されているのみである。

2  控訴人は、昭和五〇年五月ころ、東京都品川区東五反田にある前記の自己所有家屋(貸家)の浴室水洩れ補修工事を被控訴人に依頼し、同月三一日、被控訴人との間において、請負代金四万九一〇〇円の建築工事請負契約を締結し、被控訴人は、組合員である竹内工務店にこれを施行させた。ところが、控訴人から水洩れが続いている旨の異議がなされたので、被控訴人は控訴人から右請負代金の支払いは受けないこととし、内田を積算担当者として改めて見積りをして浴室床補修工事をすることとなり、同年七月二八日第一回契約の見積り(金額三四万六二五〇円)をし、次いで、右工事に追加して車庫の拡張工事等もすることとなり、同年八月一五日第二回契約の見積り(金額七四万七五〇〇円)をし、内田は、控訴人の希望を容れて右両見積りの一部を減額したうえ、これにつき上司の決裁を得て、同月二二日、第一回及び第二回契約を締結した(第一、二回契約の工事の種類、その見積金額及び右各契約の締結の事実は当事者間に争いがない。)。

3  そして、右各契約に基づく工事は中平がこれを施行することとなり、中平は、同年九月一八日これに着工したところ、右工事の進行中、控訴人は、口頭で内田に対し、第三回契約の工事、すなわち、その主要なものを挙げれば、物干場(鉄骨造のベランダ)の新設、車庫のシャッターの取付、石塀及び玄関周辺のタイル貼り、家屋外壁の塗装、二階ベランダの補修、給排水設備等を次々と追加発注し、中平は、内田及び控訴人の指示に従つてこれらをも施行し、同年一一月二〇日までに本件工事のすべてを完了し、これを控訴人に引渡した(控訴人が被控訴人において第三回契約の内容として主張する追加工事を口頭で注文したことは当事者間に争いがない。)。

内田は、右追加工事について控訴人との間で請負金額を明確にした契約書を作成することはしないまま経過し、本件工事完了後の同年一二月四日、中平から提出された請求書に基づき金額二三七万九〇〇〇円の第三回契約の見積書を作成してこれを控訴人に示したところ、控訴人は、右は高額にすぎる旨述べてその支払いをしようとしなかつた。

4  このため工事代金の支払いを得られない中平は、昭和五二年四月初旬に至り、被控訴人の理事に直訴して善処方を要請した。そこで、被控訴人組合においては、同月二一日、本件工事の代金支払状況について調査するため、理事中村江一、業務課長代理山口敬次及び中平の三名が控訴人方に赴き、右中村理事が、「組合を代表して来た。内田に不正があるので本件工事の代金支払状況を教えてほしい。」旨述べて、代金支払状況の教示を要求したが、控訴人は、「内田を交えてでなければ話すことはできない。」旨述べて、これを拒否した。

5  内田は、第一回及び第二回契約が締結された昭和五〇年八月二二日当時は、組合の本部に勤務していたが、その後間もなく城南支所長に転出していたところ、右4の調査の一週間後である昭和五二年四月二九日(天皇誕生日で組合の休日)に同支所にある組合の「工事見積書」用紙の表題を「工事請求書」と訂正し、訂正箇所に自己の印を押捺したうえ、追加工事の残代金を八九万円と計上し、これ「を同年五月から毎月末に五万円以上支払つて下さい。」と記載した請求書形式の書面を作成し、同日同所でこれを控訴人に交付した。

右文面の趣旨は、右記載自体からは明確を欠くが、内田と控訴人との間では、右書面を授受することにより次のような合意をしたものであつた。すなわち、当時、第一回及び第二回契約の代金合計八九万円については内金八〇万円が支払われ、その残金は八万円となつていたので、第三回契約の金額を一〇〇万円に減額し、前同日前同所で控訴人が二〇万円を支払(但し、被控訴人の事務処理上は翌四月三〇日二〇万円の支払いがあつたものとされている。)、第一、二回契約の残金八万円と第三回契約の残金八〇万円の合計八九万円を分割して支払うというものであつた。

6  被控訴人組合は、工事の積算担当者に対し、請負契約の締結に際しては見積金額の五パーセントの範囲内でこれを減額する権限を授与していたが、いつたん締結した契約代金の減額については代表理事の専権とし、積算担当者には何らの権限も与えておらず、ただ、工事完了後注文者から工事につき苦情が申出られ、積算担当者と工事施行者と注文者の三者間で代金の減額につき合意が成立した場合、これを事後承認していた。

内田は、前記減額につき、工事施行者たる中平の承諾を得ていないのみならず、組合の上司に対し報告もしなかつた。

7  ところで、前記3の控訴人の異議は本件工事代金が高額にすぎるというものであつたので、被控訴人組合は、前記4の中平の直訴を契機に、その適正な代金額を算出すべく、昭和五二年六月一四日、工事部長長田晴らを、現場に派遣して内田の作成した三通の見積書と中平の施行した工事箇所とを逐一対照して調査したうえ、その調査結果に基づき、同月一五、六日ころ、右長田部長、岩村行康、江口誠司の両理事、内田、中平、前記山口敬次の六名が立会い、本件工事代金につき再検討した結果、第一回契約の代金を一万五〇〇〇円、第二回契約の代金を一八万九五〇〇円、第三回契約の見積金額を二〇万八〇〇〇円減額することを決定し、内田も右につき異議を唱えなかつた。如上の減額によつて、本件契約において請負代金が重複計上されている部分、工事未施行なのに代金が計上されている部分、代金計算の基礎である数量が実際の施行より多くなつている部分がすべて是正され、また、第三回契約の工事のうち瑕疵と目される部分(すなわち、左官工事のうち大谷石面斫り、タイル工事のうち外壁レンガタイル張り)につき相応の代金の縮減がなされた。

8  ところが、控訴人は、内田のした前記5の減額が有効であるとして、合計一八九万円の支払いをした(この点は当事者間に争いがない。)のみで、残代金九六万六五〇〇円の支払いをせず、一方、内田は、本件及び他の不祥事件が発覚したため、昭和五三年七月末日被控訴人組合を退職した。

以上の事実を認めることができ、前掲証拠のうち、右認定に反する証人内田富治、同岩村行康及び控訴人本人の供述部分は措信し難く、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

三第三回契約の請負代金額について

右認定事実、特に、第三回契約による工事が請負代金を確定しないまま、随時口頭で発注され、工事施行後その見積書が作成されていたことに徴すれば、第三回契約は請負代金(請負人の報酬額)を確定しないまま締結され、施行されたものといわざるを得ない。

ところで、右のように報酬額の定めのない請負契約においては、当該請負工事の内容に照応する合理的な金額を報酬として支払うというのが契約当事者の通常の意思に合致すると解される。そして、先に認定した被控訴人組合の周到な調査検討の結果に照らせば、第三回契約に基づく追加工事の報酬額は当初見積額二三七万九〇〇〇円から二〇万八〇〇〇円を控除した残額二一七万一〇〇〇円とするのが相当であり、右認定を左右する証拠はない。

四控訴人主張の抗弁について

1  なるほど、前認定の事実によれば、内田は控訴人に対し、第三回契約の請負代金を一〇〇万円に減額する旨約したものというべきである。

しかし、本件の全証拠によるも、内田が右のような減額(因みに、第三回契約の相当請負代金額二一七万一〇〇〇円を基準にして考えると、右は実に53.9パーセントの減額に当る。)をなし得る権限を有していたことを肯認するに足りず、内田のした右減額は、中平の承諾も、上司の決済も得ないで、ほしいままにされたものであるから、その効力を生ずるに由ないといわざるを得ない。

2  次に、控訴人は、内田は商法四二条にいう表見支配人ないしは同法四三条にいう「或種類又ハ特定ノ事項ノ委任ヲ受ケタル使用人」に当るから、内田のした右減額は有効である旨主張する。

被控訴人は、中小企業等協同組合法により設立された組合であるところ、同法は、商法四三条の規定は準用していない(したがつて、同条に関する控訴人の主張は既にこの点において失当というべきである。)が、中小企業等協同組合法四四条はその一項において、「組合は、理事会の決議により、参事及び会計主任を選任し、その主たる事務所又は従たる事務所において、その業務を行わせることができる。」と規定し、その二項において、「参事については商法第三八条第一項及び第三項、第三九条、第四一条並びに第四二条(支配人)の規定を準用する。」と定めている。

したがつて、右協同組合法に基づいて設立された協同組合の従たる事務所の事業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人は、当該協同組合に代り、その事業に関する一切の裁判外の行為をする権限を有するものと解すべきである。そして、前認定の事実によれば、内田は、被控訴人組合の参事ではないが、その使用人であり、その城南支所長であつたのであるから、内田は城南支所の事業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人であるというべきであり、同支所が被控訴人組合のいわゆる「従たる事務所」に該当する限り、本件減額は有効なものというべきである。

判旨しかし、同法にいう「従たる事務所」とは、同法四四条等の法意に照せば、一定の範囲内において主たる事務所から離れて独自に当該協同組合の事業に属する取引を決定、施行し得る組織の実体を有することを要すると解するのが相当であつて、単に主たる事務所の指揮命令に従い、機械的取引をするに過ぎないものは従たる事務所であるということができない(最高裁判所昭和三七年一二月二五日第三小法廷判決、民集一六巻一二号二四三〇ページ参照)。そして、前認定のとおり、被控訴人組合の城南支所は支所長のほかには僅かに一名の者が配置された小規模なものであり、本件の全証拠によるも、同支所において、本部(主たる事務所)から離れて独自に決定、施行し得る事業が存在するとは認められないので(〈証拠〉によれば、支所長には被控訴人のために独自に建築工事請負契約を締結する権限はなく、支所長が右契約締結の事務を処理する場合には、本部扱いの契約の場合と同様、契約書の作成の段階を踏んで本部の業務部長及び事務局長の決済を得る必要があつたこと((現に内田が本部で第一、第二回契約締結の事務を処理したとき、そのような手続を経由した。))が認められる。そして契約書が作成されなかつたため事前の決済を得ていないと推認される第三回契約についても、被控訴人が事後にこれを承認したうえで、控訴人に代金を請求し、該契約を追認していること前認定の事実から明らかであり、これを要するに、契約の締結は本部がすべてこれを決定しているのである。)、同支所は、同法にいう「従たる事務所」には当らないというべきである。したがつて、商法四二条に関する控訴人の主張も採用することができない。

3  また、控訴人は、内田のした本件減額は、民法一一〇条の規定による表見代理により有効となる旨主張する。

なるほど、内田が被控訴人組合の積算担当者として請負契約の締結に際し見積額の五パーセント以内で減額をし得る権限を有していたことは、前認定のとおりである。

しかし、先に認定した本件減額がされるに至つた経緯、特に工事施行者たる中平の直訴を受けた被控訴人組合の理事らが控訴人に対し、内田に不正行為がある旨告げて内田への代金支払状況につき尋ねたのに対して控訴人が返答を拒否したこと、そして、その一週間後の休日に城南支所において内田が控訴人に対して本件減額をしていること等に照らすと、控訴人は、内田が代金減額の権限を有しないことを知つていたか又は内田に代金減額の権限ありと信じたとしても、そのように信ずるにつき正当の理由を有しないものというべきである。したがつて、控訴人の表見代理の主張も採用することができない。

五以上によれば、控訴人は被控訴人に対し、本件工事の総代金二八五万六五〇〇円((イ)第一回契約の確定代金額二三万円から被控訴人が減額決定して、請求の対象から外した一万五〇〇〇円を差引いた金額二一万五〇〇〇円、(ロ)第二回契約の確定代金額六六万円から同様に請求の対象から外した一八万九五〇〇円を差引いた金額四七万〇五〇〇円、(ハ)第三回契約の代金二一七万一〇〇〇円の合計)から既に支払ずみの一八九万円を控除した九六万六五〇〇円及びこれに対する工事完成引渡後である昭和五一年一月一日から支払ずみまで商事法廷利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うものというべきであるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

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